スキャットの選び方
目次
概要
先日アカペラーの祭典であるハモネプが放映されました。全国アカペラグループのトップを決めると銘打つ競技として、評価項目の一つに「アレンジ点」が含まれていたこともあり、アカペラ界隈では自分たちで楽譜を作るという風習が長らく続くんじゃないかなと予想しています。そのような情勢でありながら、「音楽自体未経験でも楽しめる」ことが売りの一つであるアカペラにおいて、初心者に向けた楽譜制作や編曲活動のサポート体制はまだまだ薄いように思っています。
といっても、0から100までを一つのWeb記事でまとめるというのもヘビーなので、今回はスキャットの選び方に限定してまとめてみようかなと思います。
はじめに
自己紹介
私は東京工業大学アカペラサークルあじわいに所属する修士2年のぴくと申します。アレンジャーとしてYouTubeに楽譜を上げたりしてます。(宣伝)
対象読者
- 編曲をしていて音符は置き終わったけどスキャットを埋めるのに悩んでいる人
- スキャットの理解を深めたいアカペラー
記法について
ここではアルファベット表記でスキャットを表します。daとかwooとかこんな感じです。大体は文字のまんま読めば大丈夫ですが、わかりづらい表記を先に言っておくと
- oo = ウ/ ウー (オではない)
- ah = アー (hが伸ばしを表す)
- dat = ダッ (tでハネを表す)
- dap = ダッ (pもハネで使われる)
諸注意
- スキャット/シラブルをまとめてここではスキャットと呼びます
- 私個人の見解を含みます
- 図解はへたくそです 心の目で見て感じ取ってください
スキャットの選び方
結論を先に言います。
その音符に求めているイメージ(音色・雰囲気・機能・役割…etc)を満たすスキャットを選びましょう。
それができたら苦労しないよって話ですよね。 ここで伝えたいことは、音符に紐づいたイメージが最低限無いとスキャットを埋めるのは難しいということです。イメージというのは、その音符は特定の楽器の音色なのか、力強いサウンドなのか、お客さんを惹きつける音符なのか、盛り上げの最中の音符なのかなど様々です。細かなイメージは難しいと思いますが、「例えばこのスキャットは?」って一つ提示されたときにイメージに合う/合わないが判断できる程度あれば大丈夫です。

ここから先の話では皆さんの頭の中にあるイメージを言語化して、最適なスキャットを見つける手助けとなるような考え方を紹介しようと思います。
理論パート
楽器の「音」
アカペラは楽器を使わずに口から出る音だけで表現します。ボイパがドラムの音色を模しているのはイメージに難くないと思いますが、時にコーラスも楽器の音をイメージして音符を置きますよね。
この記事では「ピアノをイメージしてるならスキャットはponだ!」といった野暮なことはせず、音の本質を探ってみましょう。
特に楽器の文脈で音は大きく二つに分類されます。持続音と減衰音です。例えばリコーダーは吹き続ければ息の続く限り音が鳴りますが、ピアノは打鍵したあと指を離さずにいてもいずれ音が小さくなって最終的には聞こえなくなります。言い換えると、音の要素には音色だけでなく「時間」の概念が含まれています。
また、上記の分類は音の消え方についてでしたが、逆に音の鳴り始めにも楽器ごとの特徴があります(立ち上がり方/アタックと言う)。ピアノは打鍵の瞬間から最大音量が鳴りますが、オルガンは最大音量に達するまでに比較的時間があります。
このように楽器の音には音色以外の特徴もあることを押さえておきましょう。

言葉の「音」
音符を置くとき、具体的な楽器のイメージが無くとも「なんとなくこういう音だよね」みたいなイメージがあると思います。そのなんとなくのイメージの実態を把握するために、音の観点で言葉を見ていきましょう。
言葉は母音と子音に分けられます。その組み合わせで一つのスキャットになりますよね。言語としては英語のように子音だけのものがありますが、音符に載せる以上は母音が必要です。
母音
日本語の母音はa/i/u/e/oの5種類です。これらの母音は口の形(や喉の形)によって決定づけられています。母音の関係を表す図として下のようなものがあります。

なんのこっちゃだと思いますが、これはそれぞれの母音を発するときの口の形(舌の位置)でまとめて表したものです。つまりこういうことです。

この図を見ながら母音を言ってみて、その時の口の形や舌の位置などを意識するとこの図が言わんとすることがわかると思います。例えばaを発声するときは舌の位置は下に行きますが、a→o→uと変えていくと舌が上に行くのがわかるのではないでしょうか。なのでこの図でもaが下に配置されていて、o、uと上に配置されています。この動きにつれて唇もすぼまっていくと思います。
また、発するときの口の形に伴い、発される音もそれぞれ特徴があります。特定の周波数帯が強調され(低いほうから順に第一フォルマント(F1)、第二フォルマント(F2)・・・と呼ぶ)、この強調される位置の違いによって母音らしさが決定づけられています。

余談ですが、母音チャートやa→o→uの実験でわかるように、母音は独立に存在してるわけではなく、連続的に変化しうるものです(aとoの中間を発声できる)。この母音をメンバーで揃えることで質の高い演奏になりますので、練習の時に気を付けてみるのも面白いと思います。
参考
子音
子音の分類として一番メジャーなのは有声/無声の区別だと思います。英語の授業で過去形の-edを[d]と読むか[t]と読むかという区別で出てきた概念ですね。
実は有声無声の区別だけではなく、どこで発声するかや、どのような音かによっても分類されています。まとめると下の表のようになります。
唇 | 唇 | 歯 | 歯 | 口蓋 | 口蓋 | 声門 | |
有声/無声 | 有声 | 無声 | 有声 | 無声 | 有声 | 無声 | 無声 |
摩擦音 | f | z | sh | h | |||
破擦音 | dz | ch | |||||
破裂音 | b | p | d | t | g | k | |
半母音 | w | r | |||||
鼻音 | m | n |
特に破裂音はアタックが強く、一瞬しか音が鳴らないが、それ以外の子音は継続して鳴らせるということが大事だと思います。shを伸ばすことはできてもbは伸ばせないですよね。
実践パート
これまで「音」に関して物理的な側面で観察してきました。この知見を活かしてイメージに合ったスキャットを選ぶわけですが、私個人としては次のように考えています。
音のイメージ
音価(音符の長さ)と減衰/持続音のイメージの一致
- 特に減衰音のイメージを持っていながら全音符で置くのは好ましくない。
音量的な盛り上がり/落ち着き
- 音量に関しては母音が支配しています。特に舌が下にあり口内の空間が広く取れ、唇も開くことができるaが音量を出しやすく、a→o→uと行くほど落ち着きのあるサウンドになる。
- iとeはF1とF2が比較的遠く、独特な響きとなるため使うのに注意が必要。
子音の使い分け
- 滑らかさが欲しい時には子音を付けない
- 強さが欲しい時には有声子音 / 軽さが欲しい時には無声子音
- 歯切れのいい短めの音符には破裂音 / 音価の大きいものには伸ばし続けられる子音
このように音符に紐づいているイメージがどのような特徴を備えているかという観点で私はスキャットを選んでいます。例えば、Bメロからサビに向かうベルトーンの音符で、「力強く盛り上げる」イメージを持っている時は

- 力強さが欲しい →有声子音
- 盛り上げる→それまでがuならo、oならa 今回は前者ということで
- ベルトーンなので音符は長め、繋がりの良さが欲しい→子音は出しゃばらない
ということで有声子音(半母音)のw+音量が中間のoでwohや、単にohが適任と考えています。後先を考えないのであればa母音でahもありですね。逆に無声子音で破裂音のtなどを使ってtooにすると盛り上がりに欠けて、場違いに感じます。それならせめて有声子音のdなどを使う。
注:ベルトーンとは画像のように和音の構成音をタイミングをずらしながら歌う手法です。
整合性
他にも歌詞との母音揃えやAメロ、Bメロ、サビ、と一曲を通して考えた際の一貫性/展開などの視点でもスキャットを考えています。歌詞でa母音なのに裏ではo母音となると不揃いを感じますし、リードの無声子音と同じタイミングでコーラスで有声子音を使うと歌詞を食ってしまって聞こえづらくなります。また、種類の豊富な破裂音を色々使うのか、「破裂音を使うときは絶対pにする」のように一貫性を持たせるのかもセンスが問われます。
まとめ
本記事ではスキャットの選び方を考えるために、「音」の物理的な観察を紹介し、私自身がそれをどのようにスキャット選びに活かしているかをお伝えしました。
理論パートでお伝えしたことは学問として体系化されている部分であり、この記事ではいろんな分野からつまみ食いした形ですが、興味を持ったら是非ご自身でも学んでみていただきたいです。実践パートはあくまでも私個人がこうしている話で、この考えをそのまま使ってもいいですし、理論パートの知見を得た上でアカペラを聴いたときに、ご自身がどう思うかを再度検討してもらっても大丈夫です。
おわりに
本記事が皆様のアカペラ活動にお役に立てたら嬉しいです。こちらの記事に関する批判や感想、間違いの指摘などありましたらお気軽にお伝えください。
謝辞
本記事を執筆するにあたり、みやけん氏 @aichil1164 には多大な助言を賜りました。厚く感謝を申し上げます。
参考文献
エンベロープについて
www.takuichi.net/hobby/edu/sonic_wave/envelope/doc_envelope/index-j.html
『音声認識 機械学習プロフェッショナルシリーズ』 篠田 浩一 2017
『サウンドプログラミング入門 音響合成の基本とC言語による実装』 青木 直史 2013
さらに知るために
周波数特性 / 周波数エンベロープ / スペクトル / ADSR(アタック,ディケイ,サステイン, リリース) / 音声学 / 音韻論 / 国際音声記号(IPA)