“合唱声”から抜け出せない人へ

こんにちは。

今回は、自分自身が合唱からアカペラに転向した時の経験を振り返る意味で、今回のタイトルのようなテーマで記事を書いていくことにしました。

合唱からアカペラに鞍替えをする人って、結構多いと思うんです。

その中で、必ずと言っていいほど話題に上がるのが、「合唱声」があまりよく思われない話。

ポジショントークをしたいわけではないのですが、この問題は合唱経験者にとっては結構深刻な場合であることがあり、自分自身もその中の1人でした。

きっと同じような悩みを持っている人は自分だけじゃないと思い、この記事を通してそういった人たちを救える部分が、もしかしたらあるかもしれない、と思って、記事執筆に至りました。

この文章の中から何かヒントを見つけてもらえたら嬉しいです。

自分の声を過小評価する必要なんてない

大学時代、アカペラをしている時に、合唱を経験していたことによって、音感や基礎的な発声がある程度身についており、とにかくハモらせることが重要なアカペラにおいて、かなり有利なことが多かったのですが、「合唱声」という暗示にかけられた人のひとりが、自分自身でした。

当時は、歌に最低限必要な自信が無かったこともあり、周りからの評価を曲解し、「リードボーカルとして感じるもの、訴えかけるものがない」と、自分自身の歌を評価していました。

恐ろしいのは、自分の歌を過小評価してしまうことが原因で、実際に歌に魅力がなくなってしまうことです。

大学の時の自分自身がまさにそれで、少し気になる評価を受けたことで、それを「合唱をやっていたからだ」と歪な解釈をしてしまい、勝手に自信を失っていました。

実際に今、大学の同期に当時の話を聞いても、「特に合唱声だなと感じることは無かったよ」と言われているので、本当に思い過ごしだったんだな、と思います。

でも、きっと同じような悩みを持っている人はいるはずだ、と思い、今回の記事を作るに至っています。

 

“合唱声”の定義とは

今回の記事を執筆する上で、予め「合唱声とは何か?」という点を明確にしておかなければなりません。

一般的に合唱では、自分の声を如何に周りと同調させられるかが、ひとつキーポイントとなります。

そのため、発声はどうしても倍音を丸め込むような、やわらかな音作りに寄っていきます。

こうした練習の中で得る声こそが、アカペラをする上で言われる、いわゆる「合唱声」なのではないかと思います。

皆が同じような声に近づけていくことから、「合唱声」としてカテゴライズしやすい部分もあるかもしれませんが、個人的にはそんなものは存在しないと、今は思っています。

 

合唱経験は、アカペラでも役に立つ

私は合唱で、音は取れるが溶け込まない、異質な存在でした。

高音の歌唱可能音域が広いことから、高校でも大学でもトップテナーだったのですが、元々倍音成分の強い声質なこともあり、地声で高音を張ってしまうとどうしても悪目立ちしてしまうため、あまり高くない音域でも早めにファルセット(裏声)にしてしまうようなところが多くありました。

今思えば、この時にファルセットで如何に声量を出すかを研究したことで、今のファルセットの声量に活きているのかもしれません。

大学の時の合唱団の常任指揮者の先生に、「齋藤くんは裏声がとてもきれいだね」と言われたことがありました。

その先生はおそらく、そのままの意味で褒めてくださったのですが、当時の自分(超絶ひねくれボンバー)にとっては、地声に自信を失くすのに十分でした。

こうして文章にしていると、自分自身のひねくれ具合が凄まじすぎて、今思えば「なんてやつだ」と思ってしまいますが、当時はなんとも言えない閉塞感の中で、合唱もアカペラもやっていました。

それでも、大学でアカペラを始めた時に、「ああ、合唱をやっていて良かった」と思ったことがありました。

それは、自分がコーラスとして歌う時です。

コーラス(Chorus)そのものが「合唱」と訳されるように、コーラスとして歌う時には、合唱で培った経験がかなり活きました。

合唱は、常に周りの音を高いレベルで意識しながら歌わなければなりません。

その経験をしていたことによって、たった数人のコーラスと音を合わせることは、さほど難しいことには感じられませんでした。

これはきっと、合唱経験者でアカペラをやっている人は分かってくれるんじゃないかと思います。

コーラスパートにおいては、合唱経験者は重宝される傾向にあると思います。

譜読みに慣れているから音を大きく外すことも少ないし、全体の鳴り方を、合唱未経験者よりも俯瞰することができる(もちろん個人差はあると思います)ため、演奏全体のブラッシュアップがしやすくなります。

バンド内に合唱経験者が複数いると、不思議とあまり会話を重ねなくても合っていったりすることがあり、ある意味、合唱経験は、アカペラをする上でひとつの「言語」として機能している部分があるな、と思いました。

 

リードボーカルで合唱経験を活かすためには

おそらく、この記事を読んでくださっている人の多くは、自分がリードボーカルをする上で、どうしても合唱的な声がネックになってしまう、というコンプレックスをお持ちなのではないかと思います。

まずはそのコンプレックスを捨てなければ、リードボーカルとして変わることはできないと思います。

合唱声という暗示にかけられている人へ、まずは言いたいことがあります。

「合唱声なんて存在しない」ことを自覚しなければなりません。

それが認められなければ、自己暗示をかけましょう。

「騙された」と思って、「合唱声なんて存在しない」と思ってみてください。

今のあなたの歌は、ありのままの自分の歌です。

まずはその地点からスタートしましょう。

合唱をやっていたことは、決してあなたにとってネックにはなり得ません。

無理に合唱声を克服しようとする必要はありません。

フラットに自分の声を見つめ直してみてください。

自分の歌声を録音して、分析してみてください。

もし、その録音が他人のものだったとしたら、あなたはその録音に対して「合唱声だな」と揶揄するでしょうか?

きっと、あなたにしかない歌声の魅力が見つかることと思います。

もし、どうしても見つけることができなかったら、いつでもTwitterにご連絡ください。

あなたの声の魅力を、一緒に探し出しましょう。

twitter.com/drash5296

まずは、無理に変えようとせず、自分自身の声に、正面から向き合ってみてください。

 

なぜ、歌うのか

そもそも、合唱声ではいけない理由は何でしょうか(ちょっとひねくれ気味)。

アカペラには数多くの大会やコンテストがあり、アカペラを続けるには、常に向上心がなければならないように感じている人も、もしかしたら多くいるのではないでしょうか。

これはあくまでも個人的な意見ですが、演奏が上手いかどうかなんて、演奏の結果でしかありません。

もちろん、その努力行為自体を否定するつもりは全くありませんし、自分自身も、より良い歌が歌えるように、今でも日々考え続けています。

歌う理由は、個々人によって違っていて良くて、スタンダードなんてものが存在するはずはありません。何せ”理由”ですからね。内発的動機は人それぞれあって然るべきだと思います。

今回のトピックは、自分自身が歌う理由は何で、そのために何をすべきなのかを、考え直してみる良い機会になり得ると思います。

この機会を得ることができるのは、まさにこの記事を読んでいるあなた自身であるわけです。

誰でもこの機会を得られるわけではないと思います。

全ての読者が、「合唱声」はダメだ、という固定観念に囚われず、自分の歌声や歌う理由を見つめ直して、ありのままの自分の魅力を引き出せる歌を歌えるよう、祈っています。